三・一運動100周年…「抗日」の狭い意識世界から抜け出そう



 三・一運動(独立運動)100周年を迎える。韓国戦争(朝鮮戦争)とあわせて現代韓国の最大の山であり事件だ。今日の私たちを形作った精神の源流であり思想の根だ。未来の価値であり指向だ。我々自らが世界すべての人と同じように「自ら」手に入れた自由であり独立で、「共に」平和であり尊厳であることを世界万国に知らせた日だ。

 いったい三・一運動はどのように始まったか。自己更新の努力がその根だ。新たな世界を作ろうとする実学と北学、そして革新仏教、東学と西学がすべて三・一の種だった。

 これらは時には争ったが、三・一に至ってついに一つになった。民族と開化が出会い、伝統と近代が遭遇して精神と文明が一つになった。安重根(アン・ジュングン)のようにこれらすべてを総合した大合水が三・一だった。三・一は海だった。

「何を言ってるのか??????」


 三・一は何だったか。まず「すでに独立」と「すでに建国」だ。『宣言書』は「朝鮮独立」を主に主張する代わりに「朝鮮の独立国であること」を宣言して、始めて、「朝鮮『建国』4252年3月1日」で終わる。それなのに1948年の建国と1919年の建国を争うのは恥ずかしい。「独立」さえ独立で成し遂げたものではなく独立回復だった。すなわち主権回復であり、光復(解放)だった。光復・光復軍・光復運動・光復節が正しい。

 韓国のように悠久の独立国家の歴史を持つ国々はしばらく主権を奪われたとし、自己否定する独立運動・独立軍・独立記念とは呼ばない。代わりに再征服(reconquista)、復興(risorgimento)、抵抗闘争(resistance)と呼ぶ。三・一100年、現代韓国の歴史をただ日帝統治と結びつける「(抗日)独立」「独立運動」談論と記憶体系はそろそろ越えなければならない。それは私たちの真の独立的理由と歴史解釈と未来設計を遮断する。

 三・一は民族主義を越える世界水準の普遍主義であり、普遍的人間性を発揮する運動だった。真理と正義、良心と道義はもちろん、自由と平等、主権との和合のとても深い世界普遍的人間価値が粒ごと集約されている。自然に人類共存と平和は最高目標だった。韓国の独立、韓日中の共存と共同繁栄、東洋平和、世界平和、永久平和、人類幸福につながる絶頂の完全平和構想は鳥肌が立つ。

 羞悪之心はこのすべての主張と行動の土台を成す三・一精神の精髓だった。人を恨むより自身の罪を先に叱る、そして自己の罪を償おうとして死によって罪をそそぎ敵を防ごうと(していた)李舜臣(イ・スンシン)・柳成龍(リュ・ソンニョン)・閔泳煥(ミン・ヨンファン)・安重根の絶対犠牲と絶対共存の精神系統を引き継ぐ。韓国の歴史で最高の英雄が日本と敵対した偉人だったことに照らして、彼らの無比なる羞悪之心と「私の罪(mea culpa)」と「私たちの過ち(nostra culpa)」克服の認識地平は、人間精神の最高境地と呼んで不足はない。三・一の羞悪之心と人類共栄の精神は断然絶頂だ。

 三・一は何を残したか。何より三・一は民主と共和が出会って初めての民主共和国である大韓民国臨時政府を産んだ。民主共和の初めての土台だった。しかし臨時政府はまさに派閥と葛藤に苦しめられ、統合は崩れた。そのうえ、共産主義系列は三・一以降の「大韓」「民主共和」を否定し、「朝鮮」共産党・「朝鮮」革命・「朝鮮」民族解放に分かれていった(後日「朝鮮」人民共和国・「朝鮮」民主主義人民共和国も同じだった)。「大韓」を否定しようと「朝鮮」総督府・「朝鮮」支配・植民地「朝鮮」を語った日帝のように。

 光復以降、初めての三・一運動記念式は左右に完全に分かれ、片方の記念式は臨時政府系列の人々が投擲した手榴弾で血なまぐさい場所になった。統合と共存の三・一精神は消えた。戦後の世界分割占領-連合占領国家の中でこのように早々と敵対した国はひとつもなかったという点で、三・一精神は日帝直後、私たち自らが2つ目に殺したものだった。

 近代以来、いま私たちは私たちを植民地にした相手国と国力で最も近づいている。累千年の朝貢関係を維持した帝国とは、戦後ずっと、民主制度と経済発展、技術と人生の水準で先んじてきた。前者は500年来、後者は2000年来初めてだ。これからは民族主義を越えて世界主義を抱く時だ。

 三・一100年。「抗日」と「独立運動」の狭い意識世界から抜け出して私たちの精神世界と未来空間を広々と開こう。私たちの根は抗日より深く、幹は独立より大きい。大著羞悪之心と自己革新に基づいて大統合・民主共和・世界市民・普遍平和に進んだ三・一精神の大海に向かって思い切り走って行こう。そして最高最良の民主共和国に発展して世界普遍価値と理想を引き上げよう。さあ、一度やってみよう。

 パク・ミョンリム/延世(ヨンセ)大教授・政治学

【中央日報日本語版】https://japanese.joins.com/article/716/248716.html


教授先生、何が良いたいの? まったく分かりません。
名指しは避けた? 日本と国力が近づいた、戦後中国より
経済発展と技術が先行したの部分。どちらも日本のおかげ。
それは反論の余地もない、覆しようのない厳然たる事実。
よくこれだけ自己中心的になれるなと感心します。

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