韓国は、日本の対韓感情が大きく悪化したことをわかっていない



<最近韓国で行われたシンポジウムで、南北統一という本来の主題そっちのけで安倍政権下ろしの大合唱が起こった。度を越しているが、なぜこんなことになったのか>

--- 省略 ---

筆者が驚いたのは、人々の日韓関係への関心の強さよりも、むしろそのトーンだ。例えば、メインセッションの一つに呼ばれた盧武鉉政権期の元統一部長官である李在禎は大ホールに詰めかけた一般の聴衆に向けてこう呼びかけた。「日本の安倍政権は我々に不当な圧力をかけている。我々は今こそ市民の力を集めて、この政権を打倒せねばならない!」フロアに詰めかけた聴衆はこの言葉に拍手で応え、その場は恰も「安倍政権打倒決起集会」の様相になった。


<日本の「政権を打倒する」の意味>
明らかなのはその場に集った人々が、こと日本に関しては、全ての問題の原因は日本側、とりわけ安倍政権にある、という話を「聞きたがっている」という事だった。冒頭に引用した発言は、筆者が参加したセッションにおいてとある聴衆が述べた台詞であり、ここに今の韓国における日本に対する言説の重要な部分が集約されている。ここで筆者が述べたいのは、今日の日韓関係悪化の原因が、果たして日本側にあるのか或いは韓国側にあるのか、という問題ではない。問題は、今日の韓国において、日本という外国の政権に対する打倒運動が、恰も当然の様に展開されており、またそれが「市民の力を集め」れば実現できる、という議論が、現在の与党に連なる「長老」政治家によって公然と行われても、疑問にすら感じられていない、という事である。そしてその理解が彼らの中で繰り返し確認され、恰も当然の現実であるかのような議論がなされている、事である。

それは言葉を換えていうなら次の様になる。例えば、韓国の人々の中で、自国の政権に不満を持つ人々が、その政策に異を唱え、政権の打倒に向けて運動を行うのは、彼らの主権者としての当然の権利であり、当たり前の事だといえる。また、互いに関係が存在する限り、時に他国やその政権に対して不満を持つ事があることも理解できる。しかしながら、自らの「国内の」運動により「他国の」政権が打倒できるか、といえばもちろんそれは全く別の話だ。にも拘らず、その誰でもわかるはずの話が、今の韓国では、有力な政治家達によって安易になされる状況があり、一部の人々はこの安易な幻想を信じているかのようにみえる状況が存在する。


<元凶は結論ありきの証拠集め>
それでは一体、韓国ではどうして、誰にでもわかるような「安易すぎる言説」がかくも広く流布されてしまっているのだろうか。その原因は幾つか挙げる事ができる。一つはそもそも今の韓国の人々が、この10年余りの間に我が国における韓国に対する感情が如何に大きく悪化したのかを理解していない事だ。即ち、彼らの多くは経済産業省による輸出管理規制以降の状況を、単純に「極右」安倍政権の施策によるものと考えており、だから安倍政権さえ存在しなければ問題は容易に解決する、と信じている。

しかしながら、より重要なのは今日の日韓両国の間に存在する、ミクロな情報の氾濫だろう。インターネットが普及し、互いの国に対する細かい情報が容易に入手できる様になった今日では、我々はその気になれば、自らが予め有している理解に沿った情報の断片をかき集めて、恰も自分たちが正しいことを示す証拠であるかのように並べ立てる事ができる。例えば、日本国内には歴史認識問題等で、韓国の世論や政府に近い認識を持った人々が存在することは事実であり、彼らがどの様な活動をしているかの情報を集める事は容易にできる。だから、彼らはそういう人々がいる事に安心し、彼らの存在を理由に自らの安易な──しかし現実味のほとんどない──言説に安住することができる。そして彼らは思う。仮にそういう人たちに大きな影響力があり、彼らと団結して安倍政権が倒れ、日韓関係にまつわる問題が解決するならこれほど楽な事はない。だからこそ彼らはその言説を信じたいし、また信じようとして自分たちに好都合なミクロな情報をさらにかき集める。


<ステレオタイプな議論は責任放棄>
とは言え、韓国の人々に近い認識を持ち、今の日本の政権に反対する人がいる、という事は、現在の日本において彼らが大きな影響を持っており、彼らに期待する事により簡単に事態を変え得る事を意味しない。周知の様に、現在の日本政府の韓国に対する政策は、安倍政権に対して好意的な認識を持つ人々のみならず、政権に対して否定的な認識を持つ人々にも支持されており、この大多数の人々の意見が変わらない限り、如何なる政権が成立しても、韓国への現在の政策を変える理由は存在しない。つまり、韓国の人々が持つ安易な期待はこのままでは達成される可能性は極めて小さい。

だからこそ彼らにとって重要なのは、自らの見解に好都合なミクロな情報をかき集める事ではなく、相手国の社会が全体としてどの様なマクロな方向へと向かっているかを真剣に見極める事であり、そしてその上で困難であっても現実味のある対応を考えることである。しかし、今の韓国での日本に関わる議論にはこのような真剣さは見られない。「安倍政権さえ倒れれば問題は解決する」という安易な期待に安住して手をこまねている間に、日韓両国の世論は互いにますます険悪なものとなっている。

そして、同じ事は日本国内の議論についても言うことができる。例えば、文在寅政権が倒れ、保守派が政権をとれば日韓関係は改善する、と言う人がいる。しかし、その主張にはいったいどれくらいの根拠があるのだろうか。野党に転落し、次期大統領選挙での巻き返しを期する保守派にとって、反日意識が高まる中で、日本との関係改善を呼びかけることに、どれだけの政治的合理性があるというのだろうか。

ステレオタイプで安易な期待をばらまき、世論の歓心を買う事は容易である。しかし、「耳心地の良い」事は「正確に事実を反映している」事を意味しておらず、不正確な認識に基づく議論では目指す目的を達成することは不可能だ。いっそ韓国との関係は一旦置いて、「今の我々の立ち位置」を真剣に考えていく事が必要なのではないだろうか。

木村幹

【ニューズウィーク日本版】
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191016-00010007-newsweek-int


日本人には無理ですよ、彼らとの共生は。この文章にもある通り、誰にでも分かるような事が理解出来ない。しかし日本にそれを分かるようにさせる義務も無いし、現実的に無理でしょう。だから彼らは彼らで、我々は我々で、関わらなければいいだけだと判断した人が増えた。それが今の日本というだけ。

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