【コラム】文大統領が訪中時に言うべきこと



 11月22日に北京で開かれた韓中外相会談で、中国の王毅外相が韓国外交部(省に相当)の康京和(カン・ギョンファ)長官に語った「言必信、行必果」は、『論語』に出てくる言葉だ。「どのような人物を本物の士というのか」という弟子の子貢の問いに、孔子は「己の行いの恥を知り(行己有恥)、仕事を任せたとき、君主がばかにされないようにする人物であれば、士というに値する」と答えた。また、これには及ばないが「家では孝行者と呼ばれ、村では恭しい人間だと評判になる人物であれば、士と呼ぶことができる」とも孔子は語った。さらに「器が小さいが、それでも一応、士と呼ぶに値する」と最後に孔子が挙げた部類が「言葉に信があり、行動に結果がある人物(言必信、行必果)」だった。

 王毅外相は、康長官が韓国国会で表明したいわゆる「三不」と、軍事チャンネルを通した会談という事後の措置を履行せよという意を込めてこの言葉を持ち出した。そのとき、康長官が「孔子は『行己有恥』の方が重要だとおっしゃっている」と穏やかに受け止めていたらどうなっていただろうか。外交の現場において欠礼に近い演出もいとわない王毅外相や、そんな人間を外交トップに据えて、くみしやすい国を押さえ付ける中国のやり方に対し、痛い一刺しをお見舞いすべきだったが、残念ながら康長官はそうしなかった。

 王毅外相の言葉をそのまま聞き流せない理由が、もう一つある。「言必信、行必果」の6文字は、1972年に初めて中国外交史に登場した。同年9月29日、中国の周恩来首相と日本の田中角栄首相は北京で日中共同声明に署名し、電撃的に国交回復を宣言した。その日、周恩来が紙に記して田中角栄に渡したのが「言必信、行必果」だった。修交は実現したとはいえ、中国人に大きな苦痛と恥辱を与えた日本は、今後言葉に信があるべきで、それを行動で示せという要求だった。その後この6文字は、日中外交が山場を迎えるたびに登場してきた。

 こうした歴史を知らぬはずがない日本通の王毅外相が、この言葉を持ち出したということは、国家生き残りのレベルで北朝鮮の核に対する防御用の高高度防衛ミサイル(THAAD)を配備した韓国と、南京大虐殺などで中国をじゅうりんした日本を同列に見ているという意味なのか、外交的無感覚なのか、二つのうちどちらかでしかない。しかも1972年9月、毛沢東は日本に対する戦後賠償請求を放棄し、日本を不倶戴天(ふぐたいてん)の怨讐(おんしゅう)と見なす人民を説得する決断を下した。しかし2017年11月の中国は、「国民」を口実にして、目に見える形での経済制裁解除措置を取らずにいる。「言必信、行必果」は、少なくとも韓国に対しては使ってはならない言葉だ。

 12月に韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が訪中したとき、中国の習近平国家主席が再度「言必信、行必果」に言及するのであれば、韓国の大統領も古典を引用して堂々と応酬することを望む。『孟子』には「大人者言不必信、行不必果、惟義所在」とある。「大人物は、語るときに必ずしも信用されることを望まず、行動するときに必ずしも結果が伴うことを望まない。ただ、正当であるか(義)を考えるのみ」という意味だ。今の中国は、韓国に全く正当でない行動を強要している。

李吉星(イ・ギルソン)北京特派員

【朝鮮日報日本語版】
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/11/30/2017113001300.html


「言必信、行必果」聞いた事はあませんでしたが、字でなんと
なく意味は分かりますね。思い上がりの酷い韓国さんよ、
「南京…」の日本と同列?馬鹿な事を言うな。敵国と属国の
違いも分からない?それに、この言葉は韓国に投げつけるのに
最適ではないか。日本も同じように言ってやれば良い。

  にほんブログ村 ニュースブログ 海外ニュースへ
クリックして下さると嬉しいです。 by ポか~~んコアラ

スポンサーリンク