【コラム】韓日の子どもたちが描く夢の違い



 「日本人のノーベル賞受賞が相次ぎ、男の子が学者を夢見るようになった」

 日本の第一生命が今月初めに発表した「大人になったらなりたいもの」調査の結果にそんな説明があった。2003年に始まった同調査では、15年ぶりに男の子の将来の夢で 「学者・博士」がトップになった。日本列島全体が「相次ぐノーベル賞受賞で子どもたちが学者になる夢を抱くようになった」と沸き立っている。

「アンケートの結果で沸き立った記憶は無いが?」


 このニュースに接して、日本最高峰の富士山の山頂にある測候所で数カ月前に出会った日本の科学者を思い出した。富士山の登山道で一緒になった学者たちは、それぞれ20ー30キログラムある荷物を背負っていた。大気環境を研究する50代の教授は「空気中の二酸化炭素の濃度を測定するのに必要だ」と言って、重さ16キログラムもある蓄電池2個をリュックに入れていた。

 つらくなると横になり、酸素缶で呼吸を整えては起き上がった。6時間かけて到着した測候所は「山賊の巣窟」さながらだった。パソコンのモニターに映ったグラフを見ながら討論する東京大の研究陣はシャワーを3日間も浴びていなかった。「なぜ苦労してここまで来るのか」と尋ねると、「研究に適した環境ならばどこにでも行く」という答えが返ってきた。「これが日本の底力だ」と感じた。

 日本の科学界が22人のノーベル賞受賞者を輩出した根底には、命を懸けた「匠」の精神と特定の分野に没頭する「オタク文化」がある。2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授は、受賞が決まった翌日にもビニール袋を手に土の中の微生物を集めていた。中小企業のサラリーマン研究員だった大卒の田中耕一氏は2002年にノーベル化学賞の受賞連絡を受けると、青い作業服姿で記者会見場に現れた。

 15年にノーベル物理学賞を受賞した東大の梶田隆章教授は、02年の受賞者である小柴昌俊・東大特別栄誉教授の弟子だ。故・湯川秀樹博士が1949年に日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞後、同じ分野で5人がノーベル賞に輝いた。3代にわたり受け継がれる「同じ井戸」の精神だ。

 世界的な科学雑誌ネイチャーは、韓国が科学分野でノーベル賞受賞者を出せない理由として、基礎研究に対する長期投資に消極的なことを挙げた。短期的成果を求める風土も問題だが、日本の科学者に劣らぬ研究者本人の執念や集中力がなければ、日本を追い越すことは不可能だろう。韓国の子どもたちはいつになればノーベル賞受賞者を見て、学者になりたがるだろうか。昨年韓国の子どもたちの将来の夢を尋ねたところ、男の子は公務員、女の子は歌手という回答がトップだった。

イ・ドンフィ東京特派員

【朝鮮日報日本語版】
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/01/19/2018011901703.html


国の歴史も民族性もまったく違う国と比べても意味なし。
似たように見える部分は「日帝残滓」か「日本のコピー」と
技術移転など「日本からの援助」。「韓国 > 日本」という
間違った設定で作動しているアノ国運営のプログラム。
書き換えない限り永遠に同じ。変わるわけないと思うが。

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